人生の軌跡・流郷松三郎の残思録

米寿に想う我が人生

1970年の秋【21】

初の海外旅行【21】フランス(4)ベルサイユ宮殿訪問とハプニング

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ベルサイユ宮殿正面広場と宮殿見学

 10月25日日曜日、この日は午後3時半の便でドイツに向けて出発する。午前中の空き時間を使って有志仲間4人でベルサイユ宮殿観光に出掛けた。

 パリの南西30キロにあり、ブルボン王朝の本拠地としてヨーロッパ随一を誇る宮殿と広大な庭園は必見の場所であった。団体行動のスケジュールには組まれなかったので無理かなと半ば諦めていたがタクシーで往復すればホテルのチェックアウト前に帰着可能と判断し、荷物準備もすべて整え身柄一つで朝食後直ちに出発した。

 太陽王ルイ14世騎馬像の立つ正面広場に到着し、左右に広がる壮大な宮殿建物に圧倒されつつ内部に進み、初めてまみえる王宮の絢爛さに度肝を抜かれ、有名な鏡の間や王様の寝室と王妃の寝室を見学し内部に飾られた豪華な調度や絵画彫刻に目を奪われた。

 宮殿内から眺められる幾何学的に整備された庭園の美しさに感嘆し、庭に出てその広大さを実感したあと、帰り際には王宮内の劇場も見学してベルサイユ宮殿の訪問見学を大満足のうちに終了した。時間を作ってここまで来れたのを仲間4人で喜びながら朝到着したタクシー乗降場に戻って来たが、そこで思わぬ事態に遭遇した。

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    宮殿広場前のタクシー乗り場周辺

 時間は正午頃であったが客待ちタクシーが少なく、場所を違えたかと思い探し歩くがなかなか見付からない。少し歩いたところに停まっていたタクシーに聲を掛けたら断られたので後続の運転手にもパリまで載せて呉れと英語で話したが何れもノンと拒否された。相手が何かを話している様であるが残念ながらフランス語は通じず分からない。

 遂にお手上げの状態になり途方に暮れたが、時間までにホテルに帰らなければ大変なことになる。帰る方法はないかと思案した結果、鉄道があったと思いついた。タクシー運転手であったか誰に聞いたのか思いだせないが、駅が近くにあるのを聞き出した。時間が刻々過ぎ去るので焦りが出始めていたが、教えられた方角だけを頼りに歩くことにした。駅までの距離は不明で道もはっきりしないが広い道を辿れば駅に出るか鉄道線路に行き当たるに違いないと心に言い聞かせ歩き出した。途中で出会った人に一度確かめたが歩く事10分ぐらいで鉄道の駅に到着した。フランス国鉄のベルサイユ駅であった。

 下はグーグル・アースで検索したベルサイユ宮殿と駅までの周辺地図である。

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上部中央がベルサイユ宮殿正面 左下の線路ホームが国鉄ベルサイユ駅

 ベルサイユでは古い街並みが保存されているので50年前も現在も道筋に変わりはないと思っているが、当日はあまり迷った記憶がないので中央に貫通した大通りをすぐに斜め右に逸れて駅方向に向かったのではないかと思い返している。因みに観光ガイドブックには駅から宮殿までの所要時間は徒歩約18分と記している。

 50年を経た今、世界の特定場所の地図や街並みがパソコン上で手に取るように見ることが出来るようになり、夢のような気分を味わいながら回想を楽しんでいる。

 

 地獄で仏に会った気分でチケットボックスに駆け付け、ベルサイユの駅である事、列車がパリに行くことを確認してホームに移動し、やがて入線して来た列車に乗車した。

 下はプラット・ホームで列車入線待ちしている時に通りかかったフランス人家族にパリ行きホームである事を再確認した時の写真で、反対ホームには郊外方向に向かう列車が停まっている。

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 フランス国鉄ベルサイユ駅のパリ方面行プラット・ホーム

 暫くして到着した列車に乗り込み、これで帰れると少し心が楽になったが座席に落ち着く余裕はなく、運転席横の立ち席で進行方向を凝視しし続けていた。方向感覚がなく列車がどちらに向けて走っているのか分からないうえ、途中駅の知識がない。たまらずに若い学生らしき男性に声をかけパリ行きの列車であることを再確認して気持ちが収まった。所要時間が気になりだした頃に沿線の風景が都会に近付いていることを知らせ始め、そして遂に前方にエッフェル塔が姿を現した。

 助かった!という気分が体いっぱいに広がり、心から安堵した。列車が到着したのが何処の駅であるのか分からず、確認もせず、とにかくタクシー乗り場に直行し、運転手にホテル名を告げてパリ市内を疾走した。

 ホテルに到着しフロントに飛び込むと、そこには居残っていた団員一同が出発準備を完了して集まっていた。我々4人のトランク・荷物も一ヶ所に揃えられており、一目して多大の心配と迷惑をかけていた事が明らかであった。

 帰路のタクシー拒否のハプニングを説明・謝罪しお許しを戴いたが、何よりも時間に間に合い全員一緒にドイツに向けて出発出来ることを喜んで貰ったのが一番の慰めであった。ネット通信が発達した現在では考えられないが、地理不案内の外国での突発的な事態に遭遇したベルサイユ訪問であった。

 

 後で分かったが到着した駅は国鉄のモンパルナス駅であった。パリ市南部の玄関口で我々が泊まっていた中心部のマドレーヌ寺院周辺までは4キロ近く離れていたので乗車中気は急いたが、ぎりぎり間に合いそうだと時計を確認しつつパリの街路風景に食い入っていた。

  下の写真はその時の撮影ではないが、この写真を見ると必ずベルサイユ訪問の帰路を思い出すので掲出することにした。

 なお、ベルサイユ宮殿前でのタクシー乗車拒否の理由は未だ以って不明である。

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   パリ市内の車風景 前方に凱旋門が見える。