人生の軌跡・流郷松三郎の残思録

米寿に想う我が人生

1970年の秋

初の海外旅行【40】イタリア訪問(2)ローマ観光編・ヴァチカン

f:id:karisato88:20210114113858j:plain

        ローマのスプーン

 各訪問地で買い集めて来たスプーンの中では柄部の細工が繊細で美しい。頭部飾りに嵌め込まれた建物の絵はヴァチカンの大聖堂であるから厳密にはローマではないが、上部にローマとネーミングされており一心同体といったところである。購入した場所もヴァチカンであるが、ローマ入りした証拠のスプーンを確保し一先ずは目的達成の気持ちが漲った。

 ローマでの宿舎はクラリッジ・ホテルと称した中クラスのホテルであったが、場所は判然とせず滞在中の記憶も残っていない。イタリア入国が週末金曜日であったので公式行事は週明け月曜日に設定されており、土・日の二日間は古都の観光に専念した。

 ローマは旧市街地そのものが歴史遺産でどこを歩いても史跡・旧跡にぶつかるが、その中で特に存在感を示すのがヴァチカンのピエトロ大聖堂であり、フォロロマーノの眺望であり、コロッセオの威容であり、トレビの泉の郷愁などと数えきれないし、スペイン広場やテルミナ駅などの新人気スポットも欠かせない観光地となっていた。到着した日の夕方にホテルに近かったポポロ広場の高みからローマに全景を眺望したが一際目立ったのがやはりヴァチカンの大聖堂の大屋根で、翌11月7日(土)の観光コースが自然に固まった。

 記憶が薄れてはっきり思い出せないが移動には小型バスをチャーターしたはずで、まずはヴァチカン市国に赴いた。相当手前で降車して歩いて大聖堂前広場に到着し、先ずミケランジェロによって円型に仕切られた円柱回廊の造形美に魅せられた。聖堂前広場には敷地一杯に椅子が並べられた居たので何かの祝祭準備かと思われた、通り過ぎて本陣に足を踏み入れるやその荘厳な大空間に心身ともに圧倒されたのを思い出す。

 ヨーロッパを訪れると決まった時、歴史文化への関心が高まったが、その柱となるのがキリスト教であると認識して各地で教会を訪れて体感的な雰囲気を味わって来た。イギリス・ロンドンではウエストミンスター寺院とセントポール大聖堂を訪れ、フランス・パリではノートルダム大聖堂の屋根上テラスからセーヌ川を眺め、ドイツ・ケルンではライン河畔に建つ大聖堂の威容とベルリン・シュプレー川畔のベルリン大聖堂に戦争の暗い影を感じて瞑想したのが蘇ってくる。音楽の都ウィーンのシンボルであるセント・シュテファーヌ寺院が高い尖塔を市内に誇示する中、ほの暗い内陣で聴いたミサ曲の美しい歌唱に心を洗われた思いも格別であった。

 スイスに渡って訪れたジュネーヴではプロテスタントの犠牲者にまつわる史跡も訪ねてキリスト教の辿った歴史も垣間見てやって来たのがヴァチカンで、カトリックの総本山であるピエトロ大聖堂はやはりキリスト教文化の一大聖地であると実感した。

f:id:karisato88:20210116092536j:plain
f:id:karisato88:20210116092611j:plain
ヴァチカン広場とピエトロ大聖堂(1970年11月7日写す)

 大聖堂の高い丸天井の内側に回廊がしつらえられており、人が渡っている光景にしばし目を取られたが、荘厳な祭壇に祈りを捧げたあと脇陣に安置されていたピエタ像に魅せられた。
 ミケランジェロの傑作「嘆きのピエタ」で世にある数あるピエタ像の中では群を抜く名作であり、美しい造形は勿論の事、精神と気品に満ち溢れている。

 大理石の艶肌も滑らかで、抱きかかえたイエスキリストを悲しくも優しい眼差しで眺める聖母マリアの表情は言葉では言い表せえない麗しさであった。

 当時は真近かで鑑賞出来たがその後数年後に心無い暴漢により腕の部分を壊され、以後は厳重な隔離鑑賞となり、近付くことは不可能となっている。

 大聖堂から右側の回廊を通りシスティナ礼拝堂に向かうが途中に有る物・見るものすべてが歴史的工芸品で正に全体が美術館であった。ミケランジェロ生涯の大作であるシスティナ礼拝堂の天井画にまたまた圧倒され感激のうちにヴァチカン参詣観光を終了した。 大聖堂を出て正面左側の通路で店開きしていた土産物店に「嘆きのピエタ像」の模型を見付けて購入した。

 下に掲示したが流し石膏のお土産品であるが、大理石まがいの肌触りでマリアの表情も本物を模して穏やかであるところなど大変気に入っており、50年を経た現在でも我が居室の飾り棚の中央で静かに周囲を見守っている。

f:id:karisato88:20210116092445j:plain

お土産に購入したピエタ